東京高等裁判所 平成10年(行ケ)277号 判決 1999年11月29日
原告
株式会社エース電研
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
被告
有限会社ユア開発
代表者代表取締役
【D】
訴訟代理人弁護士
岡田春夫
同
小池眞一
同弁理士
【E】
主文
特許庁が、平成9年審判第21134号事件について、平成10年7月31日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、昭和58年11月15日出願の特許出願(特願昭58-215656号)の一部を、平成4年5月29日に分割して出願した、名称を「遊技設備」とする特許第2037742号発明(平成8年3月28日設定登録。以下「本件特許発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成9年12月16日、本件特許発明につき、その特許を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成9年審判第21134号事件として審理した上、平成10年7月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月17日、原告に送達された。
2 本件特許発明の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨
複数の遊技台(A)を横方向に並設して構成される遊技台列に、紙幣(a)をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列前面側から受け入れて識別し、かつ、識別した紙幣(a)をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列背面側に送り出し可能な複数の遊技用貸機(B)が当該遊技台列に沿う方向で設けられているとともに、前記遊技用貸機(B)の各々から送り出された紙幣(a)を挟持してその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置(D)が前記遊技台列の背面側に設けられ、前記遊技用貸機(B)から送り出される途中の紙幣(a)を横方向に屈曲させて前記搬送装置(D)による挟持位置に案内する案内部(6A,6B)が設けられている遊技設備であって、前記遊技用貸機(B)の各々と前記搬送装置(D)とが、前記遊技用貸機(B)の各々に受け入れた紙幣(a)が一定の高さ位置に沿って
前記特定位置まで移動する状態で設けられている遊技設備。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、実公昭56-30943号公報(審決甲第1号証、本訴甲第3号証、以下「引用例1」という。)、特開昭56-95079号公報(審決甲第2号証、本訴甲第4号証、以下「引用例2」という。)、特開昭53-3399号公報(審決甲第3号証、本訴甲第5号証、以下「引用例3」という。)、実公昭58-6823号公報(審決甲第4号証、本訴甲第6号証、以下「引用例4」という。)、特開昭55-30726号公報(審決甲第5号証、本訴甲第7号証、以下「引用例5」という。)及び特開昭55-159287号公報(審決甲第6号証、本訴甲第8号証、以下「引用例6」という。)に記載された発明(以下これらに記載された発明を、それぞれ「引用例発明1」~「引用例発明6」という。)に基づいて、容易に発明をすることができたものであるとする請求人(本訴原告)の主張について、本件発明が、引用例発明1~6に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから、請求人の主張する理由及び提出された証拠方法によっては、本件特許発明の特許を無効にすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)の主張の認定、引用例1~6の記載事項の認定(審決書6頁4~5行「自動玉貸機内に設置した」を除く。)、本件発明と引用例発明1~6との対比の一部(同7頁9行~9頁5行、9頁12~16行、10頁15行~11頁5行、11頁13~15行、12頁3~5行)はいずれも認める。
審決は、本件発明と引用例発明2との相違点についての判断を誤り(取消事由1)、本件発明の奏する効果を誤認した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 相違点についての判断誤り(取消事由1)
1 引用例発明2について
審決が、引用例発明2について、「ここに記載された装置を紙幣の場合に適用すると、遊技台列の背面側に送出された紙幣は水平な載置面を有するベルトコンベア上に落下されて載置され搬送されることになる」(審決書9頁16~19行)、「本件特許明細書において、本件発明の課題に関して従来例として記載されているものに相当し、前述のとおりの遊技設備の特性からして、遊技用貸機が紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れて、その姿勢で遊技台列の背面側に送出し、紙幣をさらに案内部により屈曲させて挟持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とするという本件発明の事項を備えておらず、また示唆するものでもない」(同10頁5~14行)と認定したことは誤りである。
すなわち、引用例2(甲第4号証)には、「上述においては賞ボール貸機22として硬貨を使用する場合について述べたが、これに代え又はこれと共に紙幣を使用し得るようにしても良い」と記載され、紙幣を使用した場合を開示しているのであって、この場合、硬貨投入口48は、紙幣投入口となり、ここから紙幣を受け入れて選別機47により識別される。そして、識別された紙幣は、取込樋49を滑り落ちるか又は何らかの送り出し手段により送り出されることにより、上下方向に沿う姿勢でパチンコ機1列の背面側(賞ボール貸機22の背面側)に送出され、案内されて、水平な載置面を有するベルトコンベア56上に載置される形態で、搬送装置50によりパチンコ機1列の並設方向に沿って、特定位置に設けられたキャッシュボックス57まで合流搬送されることになる。
2 本件発明と引用例発明2との対比
そして、引用例発明2の「パチンコ機」、「賞ボール貸機」は、本件発明の「遊技台」、「遊技用貸機」にそれぞれ相当する(審決書7頁9~18行)から、両発明は、「複数の遊技台を横方向に並設して構成される遊技台列に、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列前面側から受け入れて識別し、かつ、識別した紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列背面側に送り出し可能な複数の遊技用貸機が当該遊技台列に沿う方向で設けられているとともに、前記遊技用貸機の各々から送り出された紙幣を前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置が前記遊技台列の背面側に設けられ、前記遊技用貸機から送り出される紙幣を前記搬送装置に案内する案内部が設けられ、前記遊技用貸機の各々と前記搬送装置とが、前記遊技用貸機の各々に受け入れた紙幣が前記特定位置まで移動する状態で設けられている遊技設備」の点で一致し、下記の点で相違することとなる。
<1> 相違点1
本件発明は、遊技用貸機から送り出される紙幣を挟持して、その紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置と、この搬送装置に、前記送り出される紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で横方向に屈曲させて搬送装置の挟持位置に案内する案内部とが設けられているのに対し、引用例発明2は、遊技用貸機から送り出される紙幣を、遊技台列に沿って合流搬送する搬送装置と、この搬送装置に、前記遊技台列の背面側に送り出される紙幣を搬送装置に案内する案内部とが設けられている点。
<2> 相違点2
本件発明は、遊技用貸機の各々と搬送装置とが、前記遊技用貸機の各々に受け入れた紙幣が一定の高さ位置に沿って特定位置まで移動する状態で設けられているのに対し、引用例発明2は、前記遊技用貸機の各々と前記搬送装置とが、前記遊技用貸機の各々に受け入れた紙幣が前記特定位置まで移動する状態で設けられている点。
3 相違点1について
ア 審決が、本件発明と引用例発明2との相違点の判断において、引用例発明4について、「紙幣を受け入れてそれを送り出し搬送するものでなく、まして、紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で前面側から受入れて、その姿勢で背面側へ送出し、屈曲させて挟持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とすることを示唆することもない。」(審決書11頁6~12行)と判断したことは誤りである。
すなわち、引用例4(甲第6号証)には、審決認定の事項に加えて、「送出しローラーから1枚ずつくり出される紙幣を次の搬送体に受渡す構造の搬送装置を改良したもの」と記載されており、引用例発明4の構成は、紙幣払出機に限らず、紙幣を案内しつつ搬送する搬送装置一般に適用可能である。そして、引用例発明4の「搬送体B1,B2」、「ガイドG,G」は、本件発明の「紙幣を挟持する搬送装置」、「挟持位置に案内する案内部」にそれぞれ相当するから、引用例発明4には、送り出しローラA1,A2により送り出された紙幣を挟持してその紙面が送り出し方向に沿う姿勢で、前記紙幣送出部1a,1b,1c,1d列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置と、この搬送装置に、前記送り出しローラにより送り出される紙幣を、その紙面を横方向(搬送方向)に屈曲させて(送り出し方向から搬送方向に曲げることを意味する。)、前記搬送装置による挟持位置に案内する案内部が開示されており、複数の紙幣送出部は、搬送体B1,B2に向けて紙幣背面側に送り出す紙幣送出し手段を構成するものといえる。
ただし、本件発明では、送り出された紙幣を、その紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持位置に案内し、かつ、搬送するのに対して、引用例発明4では、その紙面が上下方向に沿う姿勢ではない点において、両者は一応相違する。
しかし、引用例5(甲第7号証)には、審決認定のとおり、その第1図に示されるように、現金払出機1から紙面が上下方向に沿う姿勢で送り出された(払い出された)紙幣を、出金ベルト31と個別ベルト32,33,34との間に何らかの案内部により案内して、この出金ベルトと個別ベルトにより挟んで、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で搬送することが開示されており、送り出された紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で搬送部に案内し、かつ、搬送することは、本件発明の出願前に周知の技術手段であったものである。したがって、引用例発明4の紙幣送出部1a,1b,1c,1dを、水平に(横方向に)並設した場合には、送り出された紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持位置に案内し、かつ、搬送することになるから、前記の相違は上下搬送方式から水平搬送方式への単なる設計変更にすぎない。
そうすると、引用例発明2の紙幣をパチンコ機の背面側に送り出し方向に沿った姿勢で送り出す手段として、引用例発明4の紙幣をその紙面が送り出し方向に沿う姿勢で送り出す手段を採用すること、引用例発明2のパチンコ機の背面側に送り出される紙幣をパチンコ機列の背面側に設けられている搬送装置の挟持位置に案内する手段として、引用例発明4の送り出される紙幣を横方向に屈曲させて搬送装置の挟持位置に案内する案内部を採用すること、引用例発明2の各賞ボール貸機から送り出される紙幣をパチンコ機列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置として、引用例発明4の送り出される紙幣をその紙面が送り出し方向に沿う姿勢で挟持し、特定位置まで合流搬送する搬送装置を採用することは、当業者が容易になし得たことである。
イ また、審決が、引用例発明1及び3について、「遊技設備の特性からして、遊技用貸機が紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れて、その姿勢で遊技台列の背面側に送出し、紙幣をさらに案内部により屈曲させて挟持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とするという本件発明の事項を備えておらず、また示唆するものでもない。」(審決書10頁7~14行)と判断したことも誤りである。
すなわち、上記の「遊技設備の特性からして、遊技用貸機が紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れ」る点は、前示のとおり、引用例発明2で紙幣を用いた場合に相当するが、さらに、引用例発明3に、パチンコ島1においてパチンコ台2の相互間に自動玉貸機3が配置され、自動玉貸機3が、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で前面側から受け入れる点が開示されている以上、従来周知の事項にすぎない。
また、引用例発明1には、貸出し媒体としての硬貨を遊技台列前面側から受け入れてその貸出し媒体面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の背面側に送り出し、該硬貨を更に案内部により搬送装置の挟持位置に案内して合流させ搬送するとともに、その間硬貨の面を上下方向に沿う姿勢に維持することが開示されており、かつ、遊技設備においては、紙幣であろうと硬貨であろうと遊技媒体の貸出しを受ける媒体であることに変わりはなく、遊技店側から見ればこの貸出し媒体は効率よく回収する対象物であるから、紙幣と硬貨との間に実質的な相違はない。そうすると、引用例発明2の遊技台列の背面側に送り出した紙幣の紙面の姿勢維持形態として、背面側の搬送装置により特定位置に至るまで紙幣の紙面を上下方向に沿う姿勢に維持する程度のことは、貸出し媒体をその受入れから回収部に至る間、上下方向に沿う姿勢とした引用例発明1の技術事項を単に適用したにすぎない。
以上のことからすると、審決が「甲第1~3号証(注、本訴甲第3~第5号証)刊行物に記載された事項と甲第4,5号証(注、本訴甲第6、第7号証)刊行物に記載された紙幣の搬送に関する事項とを組み合わせたとしても、・・・『紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れて、その姿勢で遊技台列の背面側に送出し、さらに案内部により屈曲させて挟持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とする』ことについては予測されるものでない。」(審決書12頁7~16行)と判断したことも誤りといえる。
4 相違点2について
引用例発明4は、「紙幣送出部1a、1b、1c、1d」から「送出しローラーA1,A2」により送出された紙幣を搬送体に対してどのように受け渡すのかを課題として案出されたものであり、その紙幣送出部を水平(横方向)に並設した場合には、当然に、紙幣送出部と搬送装置とが、前記紙幣送出部の各々に受け入れた紙幣が一定の高さ位置に沿って特定位置まで移動する状態で設けられていることになる。
そうすると、相違点2については、紙幣送出部として遊技用貸機を用いた点が相違するのみであり、引用例発明2の遊技設備の搬送装置として、引用例発明4の技術思想を転用することは、当業者にとって、何らの困難性もないものである。
2 本件発明が格別な効果を奏するとの判断の誤り(取消事由2)
審決は、「本件発明は、・・・本件特許明細書に記載されたとおりの、『遊技台列各々の遊技用貸機に投入された紙幣を遊技者の邪魔にならず、能率良く回収でき、広い据え付けスペースを必要とせずに、できるだけ多数の遊技台を設置可能な状態で、円滑に搬送して効率良く確実に回収できるものでありながら、搬送姿勢の乱れに起因する紙幣詰まり発生の恐れが少なく、特定位置に搬送した後の紙幣の回収作業も能率良く行える。』という格別の効果を奏するものである」(審決書12頁17行~13頁8行)と判断するが、以下のとおり、このような作用効果には格別なものはないのであるから、上記の判断は誤りである。
1 「遊技台列各々の遊技用貸機に投入された紙幣を遊技者の邪魔にならず、能率良く回収でき」る点について
引用例発明2において紙幣を用いる場合、遊技台列の背面側における搬送装置により特定位置に紙幣を回収するものであるから、直ちに予想できる効果である。
2 「広い据え付けスペースを必要とせずに、できるだけ多数の遊技台を設置可能な」点について
引用例発明2において、硬貨に代えて紙幣を用いる場合には、当然に紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢とし、賞ボール貸機を薄型のままで使用することを示唆するものであるから、直ちに予想できる効果である。
3 「効率良く確実に回収でき・・・特定位置に搬送した後の紙幣の回収作業も能率良く行える」点について
引用例発明2においても、同一方向に搬送した紙幣を特定位置において回収するものであるから、直ちに予想できる効果である。
4 「搬送姿勢の乱れに起因する紙幣詰まり発生の恐れが少な」い点について
引用例1には、貸出し媒体として紙幣と相違がない硬貨について、上下方向に沿う姿勢で送り出された硬貨を搬送装置の合流部に上下方向に沿う姿勢で案内し、上下方向に沿う姿勢で搬送装置により搬送することが記載され、詰まりを生じさせることなく搬送装置の合流部に案内する案内部が開示されていると認められ、また、紙幣の搬送に当たり紙幣を挟持し合流搬送することは引用例4に記載されている以上、上記の作用効果は、一連の上下方向(送り出し方向)に沿う姿勢に維持する引用例発明1を前提として、引用例発明2の紙幣をパチンコ機列に沿って合流搬送する搬送装置において、引用例発明4の送り出される紙幣の紙面を送り出し方向に沿う姿勢で挟持して特定位置まで合流搬送する搬送装置を採用する際に、予想できる作用効果である。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
1 引用例発明2について
引用例発明2に、複数のパチンコ機を横方向に並設して構成されるパチンコ機列に、紙幣をパチンコ機列の前面側の紙幣投入口から受け入れて識別する複数の賞ボール貸機がパチンコ機列に沿う方向に設けられている事項、賞ボール貸機が紙幣をパチンコ機列背面側に送り出す事項、送り出された紙幣が水平な載置面を有するベルトコンベア上に落下されて載置され搬送される事項が開示されていることは認める。
しかし、原告が、引用例2に、賞ボール貸機が紙面を上下方向に沿う姿勢でパチンコ機列背面側に送り出し可能との事項が開示されていると主張する点、合流搬送する搬送装置が水平な載置面を有するベルトコンベアであるとの事項を捨象して、単なる「合流搬送する搬送装置」とし、送り出される紙幣を水平な載置面を有するベルトコンベアへ落下させてベルトコンベア上に載置させる事項を、「搬送装置に案内する案内部」として、特別の構成があるかのように主張する点は、いずれも誤りである。
すなわち、遊技台列背面側への送出しにおける紙幣の姿勢を、紙面が上下方向に沿うものとすることに関して、引用例2の第1図に、硬貨投入口48が「縦長」に図示されていることをもって、縦長の紙幣投入口が開示されていると原告は主張するが、これは図面解釈における技術常識に反している。仮に紙幣を遊技台列背面側へ送出す事項が記載されているとしても、引用例2に、硬貨回収システムに固有の手段として記載されている具体的要素まで、そのままの形状で紙幣を使用する場合に適用されると解することはできない。例えば、同第1図に見られる硬貨投入口48が縦長であっても、同第2図が開示する、紙幣の受入れ後の賞ボール貸機内部に設けられた「取込樋49」は、硬貨を転動させ落下させるに適した手段であるから、紙幣の取込みを想定することが困難なものであり、また、その取込桶の終端が急激に折曲されている形状から、仮に紙幣が縦姿勢を保ったまま遊技台列背面側に送出されるとしても、その内部で紙幣詰まりが発生することは明らかであり、該取込桶は硬貨に固有の要素であって、引用例2が紙幣を使用する場合も図示していると解することは不可能である。
また、引用例発明2は、原告も認めるように、水平な載置面を有するベルトコンベア上に載置される形態で、合流搬送する搬送装置を開示するものであるから、原告主張の「合流搬送に案内する手段」の正確な技術的内容は、「水平な載置面に紙面が沿った姿勢となって合流するように案内する手段」であることになる。そして、紙幣を横方向へ搬送する手段に複数箇所から送り出される紙幣を合流搬送させる従来技術としては、引用例発明5に見られる、紙面を水平方向に沿う姿勢で合流搬送するよう案内する手段しか存在しないのであって、重力の影響によって搬送姿勢が乱れやすい縦姿勢による紙幣の合流搬送を記載した公知技術は一例も存在していない。それゆえ、引用例発明2の「搬送装置に案内する案内部」に関しては、重力を利用した搬送姿勢を維持する水平な載置面を有する搬送手段に、紙幣を合流搬送させるため、紙面を水平方向に沿う姿勢で搬送装置に案内する案内部、と解するべきであって、これを抽象化して単に「搬送装置に案内する案内部」として本件発明との対比を行うことは、本件発明の技術的意義を見誤るものであって誤りである。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書10頁5~14行)に誤りはない。
2 本件発明と引用例発明2との対比
以上のことからして、原告が主張する本件発明と引用例発明2の一致点の内、「その紙面が上下方向に沿う姿勢で」の部分は、相違点として把握されるべき事項であり、原告が主張する前記相違点1は、「引用例発明2は、・・・遊技台列に沿って合流搬送する、紙幣を載置する水平な載置面を有する搬送装置と、・・・紙幣を搬送装置の水平な載置面に載置させるよう紙面が水平方向に沿う姿勢として案内する案内部とが設けられている点」と改められるべきものである。
3 相違点1について
ア 原告は、引用例発明2に転用する技術的要素として、引用例4に示される「(上下の)ガイドG,G」のみを採り上げて主張するが、引用例4の実用新案登録請求の範囲には「前段の送出しローラーA1,A2の周速度を後段の搬送体B1,B2の搬送速度よりも速くなるように」するとともに、「送出しローラーA1,A2と後段の搬送体B1,B2との受渡し間隔内には、終端部上面が・・・搬送体B2の下部と接触して紙幣を挟持搬送する中段の搬送体B3を設ける」と記載されており、これらの記載から見て、紙幣を上下方向下側から載置搬送する部分を予定した中段の搬送体B3の存在があるものであり、ガイドに関しても、「搬送体B3の上面搬送側が突出するように(中略)上下のガイドG,Gを設け」と記載されているように、上下のガイドは、中段の搬送体と組み合って設置されるものであり、上下方向の位置指定に従い設置されることが予定された技術的要素である。
したがって、引用例発明4が、紙幣払出機等における上方向への紙幣の合流搬送を可能とする技術的手段を一貫して開示するものであるにもかかわらず、原告が、「ガイド」という用語のみに着目し、「上下」との位置関係に関する制約を排除した「ガイドG,G」との「紙幣の受渡し構造」が開示されていると解して、他の技術的分野での紙幣搬送に転用可能であると主張することは、引用例4の第1図に図示の縦置式紙幣払出機を横方向に倒せばよいという極めて乱暴な議論でしかなく、その記載内容を不正確に把握した上で積み重ねられた空論にすぎない。
仮に、引用例発明4の紙幣払出機の中に、引用例発明2に転用し得る技術的要素が開示されているとしても、引用例発明4には、パチンコホール等の遊技設備(パチンコ島)における紙幣の搬送に関する課題の解決手段の示唆がない以上、銀行の業務用として窓口近くに設置される引用例発明4の縦置式紙幣払出機の搬送装置を、パチンコホール等の遊技設備において本件発明が解決した遊技設備特有の課題に適用することは、技術的分野が異なるだけでなく(紙幣払出機にあっては、利用者のプライヴァシー保護のため、横方向での設置間隔を十分なものとする必要がある。)、起因となる動機づけがないから、両者の組み合わせに困難性がないという原告主張は誤りである。
さらに、原告が引用する引用例発明5の第1図が図示する「出金ベルト31」及び「個別ベルト32,33,34」は、銀行窓口業務のうち、分配用搬送システムとして現金払出機1から各窓口に分配する現金出金用の搬送装置を開示するものであって、複数の紙幣受入口から送り出されてくる紙幣を、複数の箇所で受け入れるという「紙幣の合流搬送装置」を開示するものではない。また、同図は、上記の現金出金用の搬送装置の手前側に、複数の紙幣挿入口より送出される紙幣を合流搬送する技術的手段を図示するが、各挿入口(91,92,93)より挿入された紙幣は、全体が捻られた「通路71,72,73」を通じて姿勢を水平にされ、水平な載置面を有する入金ベルト60上に載置された上で、横方向に合流搬送されるものである。
したがって、紙幣を横方向に合流搬送させる場合、硬貨に比べ可撓性に富み、大型で薄い紙幣の搬送姿勢を安定させるためには、上下方向に働く重力を利用し水平方向に載置面を有する搬送装置に紙面を沿わせる姿勢で合流搬送させる手法のみが、本件発明の出願の際に公知技術であったものであり、こうした事情は、搬送姿勢が乱れ易い紙幣を縦姿勢に維持して挟持搬送する際に、挟持位置の途中から紙幣を縦姿勢で合流搬送させるとの構成を採用することが、当業者の認識において新規な事項であったことを示すものである。
イ 原告は「遊技設備の特性からして、遊技用貸機が紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れ」る点は、引用例発明3に開示されていると主張する。
しかし、審決は、単に遊技用貸機が紙幣を縦姿勢で受け入れるとの技術的要素にのみ着目したのではなく、本件発明の課題として「紙幣を、・・・遊技台列の背面のわずかなスペースを用いて、特定位置へ合流搬送して円滑に回収すること」(審決書8頁4~7行)と認定し、引用例発明3は、自動玉貸機に受入れられた紙幣を、遊技台列の背面側に送出すことなく、内部の金庫に収納するものであるから、「本件特許明細書において、本件発明の課題に関して従来例として記載されているものに相当」(同10頁5~7行)するとしたのであり、この認定判断に誤りはない。
また、原告は、引用例発明1に関して、遊技設備において紙幣と硬貨との間に実質的な相違はないと主張する。
しかし、引用例発明1が開示する集合路6、導出樋5からなる硬貨回収システムは、硬貨の転動を利用する硬貨の特性に固有のものであり、硬貨を縦姿勢に保ち、硬貨の転動しようとする力で、側壁に設けた彎曲面を姿勢を斜め方向にしながら滑り落ちて転動姿勢を連続的に倒していく方法により、転動方向を変えるという構成を採用したものであって、紙幣の回収システムに転用できるものでないことは明らかである。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書9頁2~11行)に誤りはない。
4 相違点2について
原告は、相違点2に関して、引用例発明2と引用例発明4に開示された手段との組合せを主張するが、これは、前示のとおり、引用例発明4の縦置式紙幣払出機を横方向に倒せばよいという極めて乱暴な議論でしかなく、倒した紙幣払出機が「一定高さ」に設定される合理的理由が全く示されていない。
しかも、紙幣の取扱い形態が異なり、銀行窓口業務用の縦置式紙幣払出機の内部に組み込まれて使用されるにすぎない引用例発明4と、引用例発明2の賞ボール貸機との組合せを示唆する技術的思想の開示は皆無であり、両発明を組み合わせる動機づけがない。
2 取消事由2について
本件発明が格別の効果を有することについての審決の認定(審決書14頁5~15行)には、以下のとおり、誤りはない。
1 原告主張1の効果について
原告主張を争わない。
2 同2の効果について
引用例発明2は、紙幣を使用する場合の賞ボール貸機が薄型であることを示すものではなく、また、審決が認定した上記2の効果は、遊技用貸機の形状により生じるのではなく、紙幣の受入れから合流搬送による特定箇所への搬送まで、一貫して紙幣の姿勢を縦姿勢に保つという遊技設備における本件発明の全体構成をなすことにより奏するものであるから、原告の主張は的外れである。
3 同3の効果について
「効率良く確実に回収でき」る点は、本件発明の特有の作用効果であるが、その余の原告主張は争わない。
4 同4の効果について
引用例発明1の「硬貨回収システム」、引用例発明2が開示する「賞ボール貸機」及び引用例発明4の「紙幣払出機」の組合わせに基づいて原告が主張する、上記4の効果に関する主張も、既に詳述したように、公知技術に関する評価の限界及び本件発明の課題解決における飛躍的発想を無視する誤ったものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の判断誤り)について
審決の理由中、本件発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)の主張の認定、引用例1~6の記載事項の認定(審決書6頁4~5行「自動玉貸機内に設置した」を除く。)、本件発明と引用例発明1~6との対比の一部(同7頁9行~9頁5行、9頁12~16行、10頁15行~11頁5行、11頁13~15行、12頁3~5
行)は、当事者間に争いがない。
1 引用例発明2について
引用例発明2が、賞ボール貸機として硬貨を使用し、これを受け入れて搬送することを開示するものであること、同発明に、複数のパチンコ機を横方向に並設して構成されるパチンコ機列に、紙幣をパチンコ機列の前面側の紙幣投入口から受け入れて識別する複数の賞ボール貸機がパチンコ機列に沿う方向に設けられている事項、賞ボール貸機が紙幣をパチンコ機列背面側に送り出す事項、送り出された紙幣が水平な載置面を有するベルトコンベア上に落下されて載置され搬送される事項が開示されていることは、いずれも当事者間に争いがない。
また、引用例2(甲第4号証)には、「第1図及び第2図において、1は1台のパチンコ機を示し、複数台が一列に連設されていわゆるパチンコ機列を形成し、このパチンコ機列が多数遊技場内に配設されている。」(同号証2頁右上欄3~6行)、「賞ボール貸機22は硬貨選別機47を有し、硬貨投入口48に投入された硬貨が正規の硬貨のとき取込樋49を通じて硬貨搬送装置50に取込む。これに対して正規な硬貨ではないときは硬貨返却口51に返却する。取込樋49には通過検出器構成の硬貨検出器52が設けられ、その検出出力によって制御装置20を介して賞ボール排出装置37のパルスモータ38に投入硬貨の金額に相当する個数(例えば1個)のパルスを与えることにより、供給皿14に1個の賞ボールを供給する。硬貨搬送装置50はパチンコ機列の背面にその配列に沿って延長し、モータ55によって駆動されるベルトコンベア56を有し、各パチンコ機1ごとに設けられた賞ボール貸機22に投入された正規の硬貨をキャッシュボックス57に集めるようになされている。」(同3頁左下欄3~19行)、「賞ボール貸機22として硬貨を使用する場合について述べたが、これに代え又はこれと共に紙幣を使用し得るようにしても良い。」(同5頁右上欄17~20行)と記載されている。
これらの記載及び前示争いのない事実によれば、引用例発明2には、複数のパチンコ機を横方向に並設して構成されるパチンコ機列において、パチンコ機列の前面側の硬貨投入口から硬貨を上下方向に沿う姿勢で受け入れて識別する複数の賞ボール貸機が、パチンコ機列に沿う方向に設けられており、この賞ボール貸機が識別した貨幣をパチンコ機列背面側に送り出し、送り出された貨幣を当該パチンコ機列に沿って特定位置であるキャッシュボックスまで合流搬送するための、水平な載置面を有するベルトコンベアによる搬送装置が、パチンコ機列の背面側に設けられていることが開示されているとともに、この硬貨に代えて紙幣を使用できることも開示されており、その場合には、複数の賞ボール貸機が、紙幣投入口から紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れて、これをパチンコ機列背面側に送り出すものと認められる。
被告は、遊技台列背面側への送出しにおける紙幣の姿勢を、紙面が上下方向に沿うものとすることに関して、引用例2の第1図に、硬貨投入口48が「縦長」に図示されていることをもって、縦長の紙幣投入口が開示されていると認定することは、図面解釈における技術常識に反しており、同第1図に見られる硬貨投入口48が縦長であっても、同第2図が開示する、紙幣の受入れ後の賞ボール貸機内部に設けられた「取込樋49」は、硬貨を転動させ落下させるに適した手段であるから、紙幣の取込みを想定することが困難なものであり、また、その取込桶の終端が急激に折曲されている形状から、仮に紙幣が縦姿勢を保ったまま遊技台列背面側に送り出されるとしても、その内部で紙幣詰まりが発生することは明らかであり、該取込桶は硬貨に固有の要素であって、引用例2が紙幣を使用する場合も図示していると解することは不可能であると主張する。
確かに、引用例発明2の実施例に示された硬貨投入口から硬貨搬送装置に至る取込樋の形状、硬貨選別機から硬貨返却口に至る樋の形状から見て、当該樋は硬貨の転動と落下を利用して搬送するものであって、そのままの形状では紙幣に適用することが困難なものと認められる。
しかし、引用例発明2には、前示のとおり、硬貨に代えて紙幣を使用できることが明示されており、硬貨も紙幣もともに扁平な形態であって、受け入れた際に識別を必要とする通貨である点で共通するものであるから、紙幣を使用する場合に縦長の硬貨投入口の大きさを紙幣に適合させ、紙面が上下方向に沿う姿勢によりこれを受け入れて、これを送り出すように変更することは、当業者にとって設計的事項にすぎないと認められる。しかも、本件発明と同様の遊戯設備に関する引用例発明3が、「パチンコ島1において、パチンコ台の相互間に自動玉貸機が配置され、自動玉貸機は、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で前面側から受け入れて検定」(審決書6頁1~4行)するものであることは、当事者間に争いがなく、このような公知技術をも勘案すれば、紙幣がその紙面を上下方向に沿う姿勢で受け入れられて識別されることは、当業者にとって自明なことといわなければならない。
そして、引用例発明2の搬送装置は、パチンコ機列前面側から受け入れられた硬貨又は紙幣を、パチンコ機の背面側において特定位置まで自動搬送することを目的とするものであるから、硬貨の場合と同様に、紙幣をパチンコ機背面側に送り出して搬送することも当業者に自明なものと理解され、その場合に、ベルトコンベアを含む搬送装置までの取込樋等の形状を適宜変更することも、当業者にとって容易な設計的事項であると認められる。
したがって、被告の上記主張を採用する余地はない。
2 本件発明と引用例発明2との対比
本件発明と引用例発明2とを対比すると、引用例発明2の「パチンコ機」、「賞ボール貸機」及び「ベルトコンベアを含む搬送装置」は、本件発明の「遊技台」、「遊技用貸機」及び「搬送装置」にそれぞれ相当する(審決書7頁9~18行)から、両者は、「複数の遊技台を横方向に並設して構成される遊技台列に、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で当該遊技台列前面側から受け入れて識別し、かつ、識別した紙幣を当該遊技台列背面側に送り出し可能な複数の遊技用貸機が当該遊技台列に沿う方向で設けられているとともに、前記遊技用貸機の各々から送り出された紙幣を前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置が前記遊技台列の背面側に設けられている遊技設備」の点で一致し、下記の点で相違する。
<1> 相違点1
本件発明は、遊技用貸機から送り出された紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で送り出し、その紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持して合流搬送する挟持搬送装置と、前記送り出された紙幣を横方向に屈曲させて前記搬送装置による挟持位置に案内する案内部とが設けられているのに対し、引用例発明2では、遊技用貸機から送り出された紙幣を遊技台列に沿って合流搬送する搬送装置は設けられているものの、(a)当該搬送装置が挟持搬送装置ではないこと、(b)遊技用貸機から搬送装置の挟持位置に案内する案内部に関して、具体的な構成の開示がないこと、(c)遊技用貸機から送り出され、案内され、特定位置まで合流搬送される紙幣の紙面が、上下方向に沿う姿勢であることの開示がないこと。
<2> 相違点2
本件発明は、遊技用貸機の各々と搬送装置とが、前記遊技用貸機の各々に受け入れた紙幣が一定の高さ位置に沿って特定位置まで移動する状態で設けられているのに対し、引用例発明2は、搬送装置が、水平なベルトコンベア上に戴置された紙幣が一定の高さ位置に沿って特定位置まで移動する状態となるよう設けられているだけであること。
3 相違点1について
(a)搬送装置が挟持搬送装置でないことについて
引用例発明4に、「<1>紙幣払出し機等に使用される搬送装置において、ケース2に装入され弾圧板5で弾圧された紙幣は、吸着頭6により紙幣の方向を変えた上で(第1図を参照)、送出しローラーA1,A2間に送給され、さらにガイドG,G間に送入されて搬送体B3により、搬送体B2とB3の接触部に送り込まれ、ベルト形式の搬送体B1,B2の間に弾性的に挟まれて合流し、上方に搬送され払出台8上に送出されること。<2>搬送体B1,B2への合流部へ、紙幣は屈曲されて案内されること。」(審決書6頁7~17行)が開示されており、したがって、同発明が、「紙幣をガイド部材に相当するものにより屈曲させて搬送装置に合流させ搬送装置により弾性的に挟持して搬送する点では、本件発明と一致している。」(同10頁19行~11頁2行)ことは、当事者間に争いがない。
また、引用例4(甲第6号証)には、「本考案は紙幣の搬送装置に関する。すなわち、送出しローラーから1枚ずつくり出される紙幣を次の搬送体に受渡す構造の搬送装置を改良したものであって、例えば紙幣払出機等の紙幣の搬送部等に用いて効果がある搬送装置を提供しようとするものである。」(同号証1頁2欄2~7行)と記載されており、この記載及び前示争いのない事実によれば、引用例発明4は、紙幣の搬送装置に関するものであって、本件発明と同様の、紙幣を案内部に相当するものにより屈曲させて搬送装置に合流させ搬送装置により挟持して搬送する手段を開示しており、この挟持搬送装置は、引用例4の実施例に示された紙幣払出機に限定されず、紙幣を案内する必要のあるその他の装置一般に広く適用できるものであると認められる。
また、引用例発明5に、「銀行業務の現金一括処理システムにおいて、払い出された紙幣は、出金ベルト31と個別ベルト32,33,34に挟まれて上下方向に沿う姿勢で所望の窓口に送られること。」(審決書6頁19行~7頁2行)が開示されており、したがって、同発明が、「紙幣を支払い場所に送るために搬送装置で上下方向に沿う姿勢で挟持することを開示している」(同11頁13~15行)ことは、当事者間に争いがなく、引用例発明5にも、本件発明と同様の、紙幣を搬送するための挟持搬送装置が開示されているものと認められる。
そうすると、本件発明における上記相違点1の(a)に係る構成、すなわち、紙幣の搬送装置として挟持搬送装置を用いることは、引用例発明4及び5に開示された周知の技術手段を適用したにすぎないものであることが明らかである。
被告は、引用例発明4に、パチンコホール等の遊技設備における紙幣の搬送に関する課題の解決手段の示唆がない以上、銀行の業務用として窓口近くに設置される引用例発明4の縦置式紙幣払出機の搬送装置を、パチンコホール等の遊技設備特有の課題に適用することは、技術的分野が異なるだけでなく、起因となる動機づけがないから、両者の組み合わせに困難性がないとはいえないと主張する。
しかし、引用例発明4は、前示のとおり、紙幣の搬送装置一般に関するものであって、銀行等における紙幣払出機に限定されるものではないから、被告の主張は、その前提において誤りがあり失当といわざるを得ない。しかも、パチンコホール等の遊技設備と銀行等の紙幣払出機は、ともに紙幣を含む現金を取り扱うことで共通し、紙幣を搬送する場合の機能・作用としては同様のことが要請されるから、この観点から、引用例発明4に開示された紙幣搬送装置を引用例発明2に採用することに困難性があるとは到底認められず、いずれにしても被告の主張を採用することはできない。
(b)遊技用貸機から搬送装置の挟持位置に案内する案内部に関して、具体的な構成の開示がないことについて
引用例発明4には、前示のとおり、本件発明と同様の紙幣の挟持搬送手段が具体的に開示されており(審決書6頁7~17行)、しかも、引用例4(甲第6号証)の第1図に紙幣を払出台まで搬送する装置が図示され、同第2図にその要部と矢印によるローラーの回転方向が図示されていること等を勘案すると、引用例発明4は、紙幣の搬送技術として、各ケースから送出しローラーA1,A2で紙幣の両面を挟持して送り出し、送り出された紙幣を、次第にその間隔が狭くなるV字状のガイドG,Gの前記ローラー側端部に案内し、搬送体B3により搬送体B2とB3との接触部に送り込み、搬送体B2とB3との間に挟持して搬送し、更に紙幣を上方向に屈曲して搬送体B1,B2との挟持位置へ案内し、その搬送体の間に挟持して特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置を具体的に開示しており、その送り出しから特定位置までの搬送の間、紙幣の紙面は、特に理由のない限り、水平方向に関して一定の位置で移動するよう設計されているものと認められる。
そして、この引用例発明4に開示された搬送装置は、紙幣が落下しないよう搬送体により紙幣の両面を挟持して搬送するものであるから、実施例として記載されたように上方向に搬送する場合に代えて、水平方向(横方向)に搬送する場合でも、これを困難とするような技術的理由は認められず、本件発明のように、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で搬送する場合にも適用可能であると認められる。
被告は、引用例発明4に、紙幣を上下方向下側から載置搬送する部分を予定した中段の搬送体B3があり、上下のガイドG,Gは、この中段の搬送体と組み合って設置されるものであって、これらは上下方向の位置指定に従い設置されることが予定された技術的要素であるから、同発明は、紙幣払出機等における上方向への紙幣の合流搬送を可能とする技術的手段を一貫して開示するものであり、原告が、「ガイド」という用語のみに着目し、「上下」との位置関係に関する制約を排除した「ガイドG,G」との「紙幣の受渡し構造」が開示されていると解して、他の技術的分野での紙幣搬送に転用可能であると主張することは、縦置式紙幣払出機を横方向に倒せばよいという乱暴な議論であると主張する。
しかし、前示のとおり、引用例発明4は、本件発明及び引用例発明2と技術的分野を異にするものではなく、また、引用例発明4に開示された挟持搬送装置は、紙幣が落下しないよう搬送体により紙幣の両面を挟持して搬送するものであるから、上方向へ搬送する場合に限定されず、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で水平方向に搬送する場合にも適用可能であることが明らかである。
しかも、次第にその間隔が狭くなるV字状のガイドG,Gは、その形状からみて、上下方向あるいは水平方向のいずれにおいても、それ自体が挟持搬送装置までの紙幣搬送機能を有することが明らかであり、他方、中段の搬送体B3は、この紙幣搬送機能をより確実にするものとは認められるものの、これを欠くからといって、ガイドの前記紙幣搬送機能が失われるものでないことは技術常識といえる。したがって、引用例発明4の上記ガイドは、本件発明の前示発明の要旨に開示された案内部に相当するものであることが明らかであり、これを技術的要素として採択できることは当然であるから、被告の主張を採用する余地はない。
(c)遊技用貸機から送り出され、案内され、特定位置まで合流搬送される紙幣の紙面が、上下方向に沿う姿勢であることの開示がないことについて
引用例発明2が、前示のとおり、遊技台列前面側の縦長の投入口において、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れ、これを遊技台列背面側に送り出すことを実質的に開示するものであり、また、引用例発明4の紙幣の挟持搬送装置が、前示のとおり、紙幣の上方向への搬送に限定されず水平方向にも適用できるものである以上、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れた後、水平方向に転回させることなく、更にそのままの姿勢で挟持搬送することは、極めて自然な技術事項であると認められる。しかも、前示のとおり、引用例発明5には、紙幣を搬送するための搬送装置において、上下方向に沿う姿勢で紙幣を挟持搬送することが開示されているのであり、このような公知技術をも勘案すれば、引用例発明2において、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れて識別した後、紙幣投入口から搬送装置の挟持位置に案内する案内部及び特定位置まで合流搬送する当該搬送装置として、引用例発明4に開示された、紙幣の両面を挟持して送り出し、送り出される紙幣をガイドと搬送体で受け取って搬送体の間に挟持し、特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置を適用し、その間、上下方向に沿う姿勢で紙幣を挟持搬送することは、当業者にとって容易に想到できる事項であるといわなければならない。
4 相違点2について
引用例発明4は、前示のとおり、複数の紙幣払出機の「送出しローラー」により送り出された紙幣を、ガイド及び搬送体等の挟持搬送装置により特定位置まで搬送する間、その紙面が水平方向に関して左右にぶれることなく一定の位置で移動させるものと認められるから、当業者は、このような紙幣払出機及び挟持搬送装置を水平(横方向)に並設した場合、当該紙幣送出部の各々に受け入れた紙幣が、特定位置まで挟持搬送される間、上下にぶれることなく一定の高さ位置に沿って移動するものと容易に認識できるものであり、このような引用例発明4に開示された技術事項を引用例発明2に採用することも、困難性がないものといわなければならない。
被告は、引用例発明2と引用例発明4に開示された手段との組み合わせは、引用例発明4の縦置式紙幣払出機を横方向に倒せばよいという極めて乱暴な議論でしかなく、倒した紙幣払出機が「一定高さ」に設定される合理的理由が全く示されていないと主張する。
しかし、前示のとおり、引用例発明2が、遊技台列前面側の縦長の投入口において、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れ、これを遊技台列背面側に送り出すことを実質的に開示し、引用例発明4の紙幣の挟持搬送装置が、紙幣の上方向への搬送に限定されず水平方向にも適用できるものである以上、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れた後、水平方向に転回させることなく、更にそのままの姿勢で挟持搬送することは、極めて自然な技術事項であり、その場合に、挟持搬送される紙幣が、特定位置までの間、一定の高さ位置に沿って移動することも自明な技術事項であると認められるから、被告の主張は採用できない。
また、被告は、紙幣の取扱い形態が異なり、銀行窓口業務用の縦置式紙幣払出機の内部に組み込まれて使用されるにすぎない引用例発明4と、引用例発明2の賞ボール貸機との組み合わせを示唆する技術的思想の開示は皆無であり、両発明を組み合わせる動機づけがないと主張する。
しかし、前示のとおり、引用例発明4は、紙幣の搬送装置一般に関するものであって、銀行等における紙幣払出機に限定されるものでないから、被告の主張は失当といわざるを得ない。しかも、引用例発明2の賞ボール貸機と引用例発明4の紙幣払出機は、ともに紙幣を含む現金を取り扱うことで共通し、紙幣を搬送する場合の機能・作用としては同様のことが要請されるから、この観点から、引用例発明4に開示された紙幣搬送装置を引用例発明2に採用することは、当業者にとって明らかに容易であり、いずれにしても、被告の主張を採用する余地はない。
2 以上のとおりであるから、審決が「甲第1~3号証刊行物に記載された事項と甲第4,5号証刊行物に記載された紙幣の搬送に関する事項とを組み合わせたとしても、・・・本件発明の課題を解決する上での構成事項である『紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列の前面側から受け入れて、その姿勢で遊技台列の背面側に送出し、さらに案内部により屈曲させて挟持搬送装置に合流させ搬送するとともに、その間紙面を上下方向に沿う姿勢とする』ことについては予測されるものでない。」(審決書12頁7~16行)と判断したことは誤りであって、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
したがって、審決は、その余の原告主張について検討するまでもなく、取り消しを免れない。
よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(平成11年11月10日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)